人参養栄湯の投与で、脱髄マウスのミエリンが復活した
アルツハイマー型認知症の治療・発症予防では、ミエリンの健全化が最大のカギになります。そのためにMBPの役割を明らかにする解析を行うとともに、脱髄モデルを用いて再ミエリン化(MBP発現の回復)を促進する薬物の開発に取り組んできました。
最初に着目したのは、人参養栄湯でした。人参養栄湯に着目したのは、工藤千秋医師(くどうちあき脳神経外科クリニック院長)と研究を開始した2001年頃になります。
当初は、人参養栄湯に含まれる芍薬の糖タンパクの研究から入りましが、芍薬がグリア細胞の一つであるアストロサイトの分化に効果のあることが分かりました。アストロサイトの分化に効果があるなら、同じグリア細胞のオリゴデンドロサイトにも効果があるのではないかと考え、人参養栄湯に着目しました。
私たちは29ヵ月齢のマウスに人参養栄湯(1% w/v)を2ヵ月間投与し、老化に伴って起こる脱髄の回復効果について、組織化学的・免疫生化学的な手法を駆使して調べました。その結果、人参養栄湯は、MBP21.5KDaの回復と脱髄の回復に有効であることが明らかになりました。
人参養栄湯の成分を分析し、陳皮の有用2成分を特定する
人参養栄湯には、12種類の生薬が配合されています。どの成分が再ミエリン化に効果を発揮するかを研究し、10年近くの研究の末、それが陳皮であることが分かりました。
28ヵ月齢の老齢マウスに陳皮(1%陳皮)を2ヵ月間投与し、脳梁の横断面を電子顕微鏡で観察しました。コントロール(非投与)では老化による脱髄が認められましたが、投与マウスでは、オリゴデンドロサイトになるOPCが増えていることが確認され、脱髄も回復しました(図版⑬)。
この結果とその後の研究から、再ミエリン化への道を開く陳皮の成分は、ヘスペリジンとナリルチンであることが特定できました。ヘスペリジンもナリルチンも脳血液関門(BBB)を通して脳内に入ります。さらに、脳内におけるヘスペリジンとナリルチンの標的分子の同定を行い、標的分子が同定できました。現在、その分子をノックアウトしたマウスを作製して確認を行おうとしています。
陳皮の有用2成分が神経幹細胞に情報を与え、OPCを作る
ヘスペリジンとナリルチンを投与すると、未活動の神経幹細胞が活発に増加し、新たにOPCを作ることが分かりました。OPCがミエリン形成担当細胞へと分化・成熟し、再ミエリン化を行ううえで必須となる分子がMBPです。
MBPには4つのアイソフォーム(14KDa、17.5KDa、18.5KDa、21.5KDa)がありますが、その中で、MBP21.5KDaは脱髄・再ミエリン化の指標にもなるものです。
ヘスペリジンとナリルチンは、MBP17.5KDaとMBP21.5KDaを増やします。再ミエリン化に必要な4つのMBPのうち、21.5KDaアイソフォーム*4が最も重要なMBPということができます。
*4機能はほぼ同一であるがアミノ酸配列が異なるタンパク質分子。
ヘスペリジンが多い「陳皮」、ナリルチンが多い「じゃばら」
ヘスペリジンとナリルチンは、どちらもよく知られているフラボノイドの仲間です。
液体クロマトグラフィーにかけると、陳皮(素材は温州ミカン)には圧倒的にヘスペリジンが豊富ですが、ナリルチンは少ないことが分かりました。
ナリルチンが多い柑橘類を調べたところ、つい最近、ヘスペリジンが少ないものの、ナリルチンが非常に豊富な「じゃばら」の存在を知りました(図版⑭)。今後、再ミエリン化(MBPの発現回復)において、陳皮と「じゃばら」の併用効果を明らかにしていくことを考えています。
ヘスペリジンとナリルチンはマンダリンオレンジにも含まれていますが、陳皮と比較して圧倒的に多いのはノビレチンです。ノビレチンに注目した研究もありましたが、ノビレチンを投与しても、オリゴデンドロサイトやミエリン関連の遺伝子の変動がなかったことから、ノビレチンは除外しています。